増資・役員変更・本店移転などの会社の登記手続き【手塚司法書士事務所(東京都小平市)】 


 東京都小平市花小金井南町1−12−11 手塚司法書士事務所 地図 Clip to Evernote


 新卒入社の証券会社を1年で退職しバックパッカーとなるも自分探しに失敗。
 再度就職した総菜屋では店長をまかされるが再び短期で退職。
 人生の逆転を狙い、妻に「落ちたら離婚」とプレッシャーをかけられる中、一発合格・・・。
 


今でこそ司法書士として独立して事務所をかまえていますが、
これまで順調にきたわけでは決してありません。

学生時代に資格をとってはやくからこの業界に入った、
という同業の人もいますが私は紆余曲折を経ての開業です。

少しさかのぼり過ぎのような気もしますが、子どもの頃からの話を書いてみます。



1976年(昭和51年)1月、東京都東久留米市で生まれました。
(じっさいには、母の実家である三重県四日市市の病院で生まれました)

父親はサラリーマンで転勤族でしたので、
東久留米市にはとくに縁もゆかりもなかったはずなのですが、
なぜか偶然にもいま私の自宅があるのは東久留米市です。

2歳のときに宮城県仙台市に引っ越しました。
ですので、私にとって心の故郷はいまでも仙台だと思っています。

宮城野区(子どもの頃は住所に「区」はありませんでしたが)
の清水沼というところにずっと住んでいました。
父はなぜか転勤がなく、
16年間も仙台支社に在籍していました。
今になって思うと、転勤の連続より、
少年時代をひとつの場所で過ごすことができてよかったと思います。

原町小学校から宮城野中学校に進みました。

宮城野中学校時代は、(その年頃の子供にしては)背が高かったので、
バスケット部に入っていました。
身長は、中学2年で止まりました。
現在170cmです。
※若干サバを読んでいるので本当は1〜2cm低いです。

仙台第一高等学校というところに入りました。
とてもおかしな学校で、
・校内土足
・なのに掃除が学期末のみ
・そして男子校
・鼻毛伸び放題
・バンカラをきどっているが、単に汚いだけ
・入学式のときに、司会の先生から
 「今年は生タマゴ禁止!」と注意がある。
・先生はたまに赤ら顔
・女の子に興味があるが、話しかけることができない。
・中学校の卒業アルバムが好き

こんな感じです。
今では男女共学になってしまったそうで、
OBとしてはとても微妙な心持ちです。


バスケットの才能はないとあきらめ、
高校ではヨット部に入りました。
仙台は松島に近いのでそこの海でたわむれるのです。
松島というと、キレイなところをイメージされるかもしれませんが、
海は汚いです。
そこに1年生は放り込まれます。
ずいぶんと危険な遊びをしていましたね。
ヨットは高校以来乗っていませんが、
またやってみたいと思っています。

ヨット部というのは、土日のみの活動でしたので、
平日はヒマです。
ヒマなので、ギターを始めました。
ヤマハ音楽学校に週一回通って、
毎日何時間も練習していました。
ロックのわりに結構マジメです。
ボウイのほか、ブルーハーツも全盛期でした。
ライブハウスを借りてチケットを手売りして、
そういったなんやかんやが面白い頃でした。

高校卒業時、ほとんどの友人は
「一浪して東北大学」
というコースに進みます。

私は一浪なんてかったるいし(つまり、現役で受かる学力がないということですが)、
みんなと同じもつまらないと思って、
立命館大学に行くことにしました。




国際関係学部というわけの分からないところに
入ってしまい、結局、今もってどういう学問であったのか
分かりません。
一人暮らしまでさせてもらって、
こんなありさまで、
両親には申し訳ない気持ちでいっぱいです(笑)。


ただ、勉強以外の部分については(ごめんなさい)、
とても恵まれた大学生活でした。
国際関係というだけあって、
帰国子女が多く、
先輩がインド人だったり
(その人は電通に入ってカレーの企画をやったとかやらないとか)、
韓国の友達や、そもそもどこの国の人か分からない人や、
いろんな人がいました。

1回生の冬休みにアイルランドのダブリンに行き、
1ヶ月のホームステイを体験しました。
そのおかげかどうかわかりませんが、
外国を旅行しても不自由はしないくらいの
英語はできるようになりました。
※知り合った人と世界情勢について
 語ることは不可。

大学でも音楽は続けておりましたが、
さすがにブルーハーツもどうかと思いましたので(聴いたりカラオケで歌うのは今でも大好きです)、
ゴスペルなどやってみました。
コーラスのバンドでギターを弾いていたのです。

ジャズなど聴き始めたのもこの頃です。

それでもやっぱりロックは好きなので、
エアロスミスとか、
レニークラビッツとか、
そんなのをコピーしたりオリジナルの曲を作ったりして、
京都のライブハウスで演奏していました。
その頃は髪も長く、今よりもちょっとだけ痩せていました。

就職活動も終わった大学4回生の夏休み、
とくにすることもないので、
バックパックを担いで東南アジアに向かいました。
最初はインドネシアのジャカルタです。
空港についたときの薄暗さ・アジア独特のニオイを
今でも思い出します。

沢木耕太郎さんの「深夜特急」に影響を受けたクチですので、
また、リッチな旅行をするほどのおカネがあるはずもないので、
当然安宿に泊まることになります。

1泊数百円のゲストハウスに泊まり、
ドミトリーで出会った世界各国の旅行者と
酒を飲んで、バカ話をした(おもに女性の話。各国共通)ことで、
今でも外国人の人とすぐに打ち解けられる要因かなと思います。

ジャカルタからジョグジャカルタへ行き、
なぜかその後バリまでは行かずにジャカルタに戻り、
長距離バスでブキティンギという小さな町を経由して、
スマトラ島を北上、メダンの町まで行き、マレーシアまで飛びました。
シンガポールにはライオンしかないと聞いたので、
行かなかったのです。

マレー鉄道で北上し、タイのバンコクまで行きました。
電車の旅というのも風情があって、
窓から顔を出していると、「世界の車窓から」のような感じです。

夜行列車でしたが、とても清潔で、
車内で食べた夕食もナプキンとナイフ・フォークという、
ちょっと贅沢な雰囲気です。
国境を越えるときにパスポートチェックや、両替をするのも
日本では味わえない感覚でした。

タイではグリーンカレーばかり食べていた、
わけでもなく、やっぱり移動移動の連続でした。
どうも、電車やバスで移動すること自体が好きみたいです。
トゥクトゥクという三輪車で市内を回るのも大好きです。

チェンマイ、チェンライといった北部の町まで行き、
トレッキングなどしました。


この旅行は、大学最後の夏休みを利用したもので、
私の人生観にほんの少し影響を与えはしましたが、
卒業後は、内定をもらっていた会社にそのまま入りました。


新卒で入社したのは日興證券株式会社(当時)です。
いま考えるとすごいことですが、
新人は2ヶ月の泊まり込みの研修がありました。

やはり大手の企業はこういうところがしっかりしてますね。
ビジネスマナーや商品知識などを学ばせていただきました。
若くして司法書士の業界に入った人というのは、
事務所でビジネスマナーの研修などあることはほとんどないでしょうから大変です。
その点、私はしっかりと教えてもらう機会があってよかったと思います。

研修が終わったあとは、
兵庫県の西宮支店に配属になり、個人富裕層を対象として
株式や債券や、投資信託などを販売するのが仕事です。

営業エリアには芦屋というお金持ちの住む町があり、
豪邸に無謀にもポスティングなどしていました。
お手伝いさんという職業の人にはじめて会ったのはこのときでした。

NTTドコモが上場するという時期で、
夏の暑いさなか、汗だくで走り回って
その申し込みを取りまくったのはいい思い出です。

お金持ちが多い地域だったのか、
上司の指導がよかったからかはわかりませんが、
その年の新人がたしか120名くらいいた中で6位の成績になりました。
(うろ覚えですが一桁だったのは間違いないです)




しかし、途中までは順調だった証券マン生活も、
いろいろと思うところがあり、
1年半ほどで日興證券を退職し、
その後、またまたバックパックを担いでしまいます。


大阪の南港からフェリーで上海まで2泊3日かけて行き、
そこから半年におよぶ放浪生活が始まりました。

上海から西へ向かい、洛陽、西安。
そこから東へ北京まで。

北京からモンゴルへ行こうと思い立ち、
現地でビザをとり、
電車のチケットが満席でとれないため、
バスで国境の町まで行きました。
このバスが臭いのなんの。
国境の町で、ダフ屋から電車のチケットを買い、
モンゴルのウランバートルまで行くことができました。

モンゴルは、都市部からクルマで数十分走ると、
もう草原地帯が広がっています。
ゲルという遊牧民の白いテントにステイさせてもらいましたが、
羊の内臓鍋には度肝を抜かれました。
それでも、夜空にキラメク星の数は
日本のそれとは比較にはならないほど多く、
星が「降ってくる」ような感覚です。

モンゴルから中国に戻り、
電車・バスで2週間くらいかけて高山病になりながらもチベットまで行き、
そこが旅の終わりでした。



中国旅行から帰ってきて、
働き始めた会社が
株式会社ロック・フィールドです。
食品の製造販売を行なっている会社ですね。

東京の国立店で店長を2年ほどやり、
その経験からしばらくはコロッケ司法書士を名乗っていました(笑)。

本当に毎日毎日コロッケを揚げていました。
コロッケだけでなく、
そうざい、弁当いろいろです。

社員というのは、私ひとりで、
あとは年代の様々なパートの女性に
手伝ってもらっていました。
人を使うというのはこのときがはじめての経験でしたが、
本当に難しかった…(泣)。

当時25歳の若者が、
下は高校生、上は50代の、
10数人の女性を管理するのは酷なものがあります。
…今でも同じことはなかなか難しいと思いますが。

いつまでもコロッケを揚げているわけにもいかない、
結婚もしたし、この先どうしようと、
けっこうお先真っ暗的な感覚を持っておりました。




退職するにあたって、
3社目に転職をするかと検討しましたが、
それまでの経緯から自分にはサラリーマンは向いていないと思い、
独立するしかないと考えました。
しかし独立するといっても、
何ができるというわけでもない。

であれば資格をとるしかないのではないか、
じゃあ何の資格か、
本を読んだり、
受験予備校のパンフレットを読んだり、
いろいろと研究して、
弁護士、公認会計士、税理士、社会保険労務士、行政書士…
資格といっても、さまざまなものがあることがわかりましたが、
どれがやりたいのか。

裁判とか数字の話はどうも違う。
そんなとき、身近な法律の専門家というキーワードが
目に飛び込んできました。
コレダ、コレナノダ。
と直感的に感じ、
司法書士になることに決めました。


コロッケ屋さんの退職の手続きをしたのは、
結婚してわずか半年のことでした。

そこから1年半、早稲田セミナーで勉強し、
「落ちたら離婚」と、
妻に脅されたおかげか、
1回の受験で平成16年に合格しました。

合格後は、世田谷の司法書士事務所で1年ほど勤務させていただき、
仕事を覚え、平成17年の9月に独立しました。




もう独立して何年もたちますが、
こうして開業したころのことを思い出していると
あらためて身が引き締まります。


司法書士をはじめ、弁護士や税理士など◯◯士は
サムライ業などと言われることがあります。

以前は、なぜサムライ業というのかよくわかっていませんでしたが、
最近、武士道について書かれた本を読み、納得しました。

武士(サムライ)は、殿様に仕えるのが使命です。
サムライにとっての殿様(あるいは家、藩)というのは、
公(おおやけ)です。

公のために仕事をするのがサムライ、
だから◯◯士はサムライ業というのだと思います。


自分やスタッフが生活するためだけであれば、
お金になるような案件だけを受けている方がいいのかもしれません。

でも、サムライ業である以上、
それではいけないと私は思っています。

ですから、お呼びいただければ
いつでもセミナーなどでお話させていただきますし、
原稿の執筆依頼などをいただけばよろこんでやらせていただきます。

情報の発信をするということも
我々サムライ業の使命だと考えているからです。



ながながとお読みいただき、ありがとうございました。

これからも皆さまのお役に立てるような司法書士になるべく、
いっそうの研鑽を積んでまいりますので、
どうぞよろしくお願いいたします。








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